今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

2019年台風19号の衝撃


今年は変な夏だった。夏の始まりの頃、半袖1枚ではちょっと不安になるほど涼しい日が続いた。


町で知人と行き合うと「今年の夏はどうなっちゃったのかしらね」と声を掛け合うほどの毎日だった。ところが、梅雨が明けると途端にそれまでの不足分を穴埋めでもするかのように、急激に暑くなり、猛暑日の連続となった。最高気温が30℃と聞くと「涼しい」と感じるほどの毎日だった。


そんな急激な変動を記録した季節。最高気温と最低気温が10℃も差がある日もあった。


そんな変な夏は今年の強烈な台風の予兆だったのかもしれない。台風の被害は西の方からやってきた。


九州、沖縄は何度となく台風に曝された。テレビで見るその様子は、言葉も出ないほど。家屋が水に浸かるというのは、本当にその後が大変だ。私は長く0メートル地帯で暮らした。子供の頃、台風が直撃しなくたって、雷1つで町は水浸しになった。夕立ちの強烈なほんの30分ほどの雨で、排水が追いつかなくなり、膝まで水に浸かる。ただ、急激に水量が増えて処理が追いつかないだけだから、時間が経てば、水は徐々に引いていく。


この程度なら、水が出たことが大変なのではなく、その水が引いた後が大変なのだ。家の壁には水に浸かった高さにくっきりと後が残る。それは泥が混ざった水が作り出した線だ。まずその線はすぐには消えない。そして、その線から下は確かに水が染みているわけで、しっかり風通しを良くして乾燥させないと忘れた頃にカビが発生したり、それだけでなく、腐ったりもする。家の土台に近い部分に見えない脆さを抱え込むことになるから、家自体の寿命にも関わるだろう。


テレビで見た台風直撃の後の町の風景は、私が知る子供の頃の水に浸かった自分の町とは深刻さが違う。


私の町は0メートル地帯とはいえ、見渡す限り水に浸かるわけではなかった。同じ町内でも高低差があり、表通りは膝まで水に浸かる深さではあるが、そこから10メートルほど路地を入った私の家は全く水など来ない。10メートル先の表通りより1メートル高く土を盛った上に建った家だった。


水に浸かる大変さは知っているが、それは町の一角であり、町全体が広く水に浸かるという経験は無い。その衝撃や無念さは計り知れない。


そして、15号台風が接近した日の未明、ゴーゴーと鳴る風の音にまず相方が飛び起きて、何事かと騒ぎ出した。確かに強い風が吹いていたが、それほど深刻には考えていなかった。特に大きな物音を聞いたわけではないし、台風が寝てる間に通過してくれれば、交通の乱れも少ないだろうくらいにしか思っていなかった。ただ、朝になって、マンションの敷地内に大きく枝を張っていた桜の太い枝が1本、根本から折れていたのには驚かされた。直径10cm以上ある太い枝がぽっきり。


さらに普段を見えない景色が見えることに気づいて唖然としたのはその後だ。マンションの敷地を囲うフェンスは外からだけでなく内側からも私達の視線を遮る役目があるが、その朝は外の道を行く車がばっちり見える。なぜ?最初はフェンスが無くなっていることを理解できなかった。フェンスの土台のコンクリート塀の下に落ちているフェンスだけならまだしも10m以上も離れた場所にもフェンスが飛んでいた。


こんなに猛烈な風だったのかと本当に驚いた。その後のテレビで知った千葉県全域に渡る風の被害とそれを引き金とした停電。特に外海側の町の長期にわたる停電には、スイッチ1つで様々なことのできる電気の存在が当たり前の日常を送ってきた現代人には相当なショックとストレスを与えただろうことは容易に分かる。


その教訓が多少は活かされたのか、15号より勢力が強いと予想された19号の到来は早くから警戒の呼びかけが行われていた。


私も、15号の風の被害を目の当たりにしているので、今回は「寝てる間に…」なんて考えず、ベランダに置いてある物を部屋に入れ、物干し竿を強く固定し、夜を迎えた。今回の風は音が違った。台風上陸前の日中降り続けた雨と猛烈な台風の到来予報で、交通関係は計画運休が早くから報じられ、電車の動かない町は、働く人も出かける人も安全が確保できないので、お店は軒並み閉店が発表され、全ての動きが停止した。


今までに経験したことのない運休と閉店のお知らせの数々。


そして朝になって、その被害の大きさがはっきりとした。計画運休のおかげで、台風翌日の昼には電車が走り始めるはずだったのに、そうは事が運ばなかった。


水の被害はあっという間に膝まで、腰までとすぐに出るものばかりに目が行くが、そればかりではない。時間が経って、ジワジワとやってくるものもある。流れを見つけて川のように走る水がほぼ町を覆い尽くすと流れが止まって停滞する。人の身動きも取れなくなる。


台風一過、空には雲も無く、晴れ渡っているのに、徐々に川の水位が上がり、道路も鉄道も寸断されてしまう。災害への予想は確かに最大のもので、私の住む地域にも私が住んでから初めて避難勧告が出た。


でも、結果はそれ以上だったのではないか……


普段の備えというけれど、いったいどこまで備えるべきかと迷う。備えるために生活しているわけではないからだ。


まだまだ復旧まで時間のかかる場所も多いし、亡くなられた方も多くいる。自然と生きること。ここ数年、その意味を突き付けられているような災害が続く。