今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

黄金のアデーレ 名画の帰還


副題が硬いねぇ。


クリムトの名画に纏わるエピソード。オーストリアの名家の壁に飾られていたアデーレの肖像画。ナチに奪われるまで、その家族の生活を彩る様々な芸術品の1つだった絵。


持ち主の家族の生活やナチによるユダヤ人迫害の様子と平行して、失った家族の宝を取り戻そうとする持ち主の心のうちを追った物語。


オーストリアに生活の拠点を定めてから、マリアの両親と伯父夫婦は必死に働いた。そこで築いた物に囲まれた幸せな生活にナチの台頭と共に暗雲が差し込んでくる。


明日の命も分からぬウイーン。監視の目を欺いてアメリカにたどり着いた主人公マリア。祖国が彼女たち家族にした仕打ちを許すことが出来ず、戦後もオーストリアの地を踏むことはなかった。


姉の死をきっかけに、マリアはナチが奪い取った家族の宝を取り戻そうと立ち上がる。


かつて名家であったマリアの家には多くの美術品や宝飾品があった。それらは戦後の混乱の中でオーストリアの手に渡ってしまい、彼女たちの返還要求はさしたる根拠も無いまま門前払いされていた。


劇中、マリアがオーストリアの役人に語る。先に扉を閉じたのはあなた方の方だと…


国はマリアたちだけでなく、世間に広がった多くの返還要求に対処するため、新しい法律を制定して返還要求の仕組みを作りはしたが、それは表面的な制度であって、仮に話がまとまらずに裁判に持ち込もうとしたら、訴訟費用が莫大でとても国を立ち向かえるものでは無かった。


こうした、オーストリアのお役所仕事へのサラリとした批判も盛り込みながら、今はアメリカ人として生きるマリアがどうやってオーストリアを相手に唯一の家族の形見を取り戻すか…


同じルーツを持つ親友の息子が弁護士と知り、彼女は代理人を依頼する。ところが、彼女の思いなどお構い無しに彼は問題となっているクリムトの絵の高額な時価を調べ、金になる仕事と踏んでその仕事を引き受ける。


そんな若い弁護士の心を一変させたのは、事前調査のために出かけたウイーンで自分の出自を知ったからだ。マリアの援護射撃をしながら、オーストリアの役人たちの取り尽くしまのない態度に彼は全てを投げうって、返還要求に邁進する。


一時はかたくななオーストリアの態度に心が折れそうになったマリアをも励まして、アデーレを本来の場所へ取り戻そうとする。


その青年弁護士の闘いが爽やかだ。さらにウイーンで調査の手伝いをした若い雑誌記者のナチへの蛮行に対する深い思いも胸を打つ。


こうして、多くの注目を集める中、オーストリアの「モナリザ」である第一級の絵画の行方が決まる。


あれほど傲慢なオーストリア、いや国ではなく当時の首相以下役人たちがそうだったのだ。その彼らを相手にした裁定が、公平に下されたことにオーストリアの人々の良心を感じる。


公平な裁定の後でさえ、金で解決しようと声をかけた役人に対してマリアが語るのが、先に扉を閉じたという言葉。


マリアたちが祖国から受けた心の傷を何も理解していない態度に腹が立った。


市井の人々の良心など彼らには何ほどもないと言わんばかりの卑屈な表情。為政者を間違うと不幸になるのは普通の人々なのだと…


まだまだ、あるべきところに変換されていない芸術品が何万とあるのだそうだ。こうした映画が変換への弾みになると良いが…


主演のヘレン・ミレンの背筋をピンと張った姿勢がマリアの決意を表現しているかのようで、素晴らしかった。