エレベーターの無いアパートに住む老夫婦が、足下がおぼつかなくなってきて、将来に不安を感じ、エレベーターのある家を探す顛末。
かつて、2人が結婚した40年前。黒人男性と白人女性の結婚に、世間の風は冷たかった。それでも、2人は街の中心部から少し離れたアパートで幸せな新生活を始めた。
家族と疎遠になっても、彼女は夫との人生を選んだ。そして、夫は子供の出来ない妻に自分が子供になると宣言し、彼女と共に歩んだ。
こうした日々をずっと見てきた彼らのアパート。毎日の日課である犬と一緒にコーヒーを買いに出かけることも夫にとって、少しずつ負担になってきた。それは10歳になる愛犬ドロシーも同じだ。
こんな夫の姿を見て、妻は不動産コンサルタントの姪っ子のアドバイスを受け、アパートを売りに出すことにする。
売れた金で、エレベーターのあるアパートを買うつもりだ。
持ち家の売り方、買い方が具体的に示され、日本との違いに驚いてしまう。今や日本でもよく耳にする「オープンハウス」ではあるが…
2人のアパートの内覧会には多くの人が集まってくる。それぞれ、自分のこだわりが叶うアパートなのか、丹念に見て回るゲストたち。
そして、「オファー」と称して入札の権利を得たゲストたちは、オーナーと落札額の駆け引きを重ねる。
たまたま近所で起きた事件の解決が長引き、アパート探しの時期と重なったため、アパートの売り値は思うほど上がらなかったが、買い換えを希望したアパートの値段も据え置かれることになって、いよいよ2人の引っ越しが現実のものとなってくる。
しかし、それまで熱に冒されたかのようなアパート探し狂想曲の中にいた2人はふと立ち止まる。
凶悪事件の犯人とされた逃亡犯は、たまたま現場に居合わせて誤解され、逃げていただけだとわかる。真実を見ようともせず、ただ振り回されてしまった街の人々。
彼らも同じだ。
40年の思い出が詰まったアパート。確かにエレベーターが無くて、階段の昇り降りは体に堪える。だけど、それらを補って余りある時間、眺めがそこにある。
いつか、引っ越しが必要になる時も来るだろう。だけど、それは今じゃないと気づく。
現実的な夫と心に訴える妻。しかし、夫が窮地に陥れば、妻がビシッと厳しい現実を言い放つ。妻がツラい時には夫が優しい心で手助けする。
そんな2人の歴史の舞台となったのは、エレベーターの無い眺めのいいアパート。そう、今はそこが彼らの舞台。意外に気づかない幸せのありか。