泣かせる男、ファン・ジョンミンssi主演最新作を観て参りました。
号泣映画だと聞いていたので、ハンドタオル持ってスタンバイ(汗)でも、結果として泣ける映画ではあったけど、号泣とは違う感じ。
山の映画は好きで、登山の過酷さを観るためじゃなく、あの天空の美しさを見るために観てる感じ。
この度の映画も頂上からの眺めはまさに。360度全て見渡せ、山、山、山の風景。
遠目に見てる分には壮大なスケールの山の美しさに酔いしれてられるけど、実際に登っていくとなると、高地特有の気候と人間の体との折合いや急激な天候変化による山の豹変など、トラブルのタネはそこかしこに。
だからこそ、何があっても冷静な判断と見極めが出来るよう心身ともに苛烈に鍛えていく。
韓国の登山家で、アジア人初の8000m峰14座登頂をなし遂げたオム・ホンギルさんの実話をベースとした物語。
ヒマラヤなどの高地登山はその準備とアタックに要する時間は長大だ。天候などの条件が揃わなければ、いつまでもベースキャンプに足止めになる。足止めされた間にも高地順応のためのトレーニングは欠かせない。
天候次第という登山のチャンスはそう何度も訪れるわけではない。登山隊のメンバーは、皆それぞれ仕事を辞めたり、家族を待たせたりして、そのチャンスに賭ける。
だから、予定外のアクシデントには対応するだけの余力も無い。ところが、そんな余力が必要な出来事が実際には起きてしまうのだ。誰にも余力が無い中で起きた遭難。
同じ山の仲間として、救助に出向かなければならないのは分かっていても、自分の隊の状況を考えると自分たちのチャンスを棒に振るわけにはいかない。
そうしたジレンマの中で遭難は重なっていく。
過去の過酷な登山の結果、主人公の足は既に限界。医師からもこれ以上の登山を禁止される。可愛いさかりの子供たちとの時間も放り出してきた。夫として、父として山を封印して生きることを選択する。
本格的な登山を始めた直後からずっと見守ってきたムテクに自分のピッケルを託す。
ところが、隊長として望んだ登山で彼は帰らぬ人となる。
悪天候の中、滑落した後輩を助けた結果、自身が身動きできなくなってしまう。
救助を求めて下山した後輩。誰もが救助に二の足を踏む中、途中のキャンプからたった1人で救助に向かったのは学生時代から共に山に登ってきた先輩ジョンボク。
それぞれが最後まで死力を尽くしたが、3人が再び仲間と顔を合わせる事は無かった。
遺体のない葬儀。救助に応じなかった別の隊の登山家がムテクが雪に埋まる姿を写真に収めていた。彼にも大きな後悔が残ったに違いない。
既に登山家として引退はずの主人公は、世界一の登山家として、1人でムテクたちの救助に向かったジョンボクの名を挙げる。
そして、自らも山に残るムテクたちを探しに再び山に入る決意をする。
主人公の引退とムテクたちの遭難を機に山を離れていたかつての隊のメンバーが再び集結してアタックする。
悪天候とムテクの遺体の予想外の重さに隊の下山は過酷を極める。
そして、主人公は決断を下す。自分の無謀な計画に自らの生活を捨てて集まってくれた仲間をこれ以上危険に晒すわけにはいかないと…
こうして、ムテクたち3人はヒマラヤに眠っている。
主人公は、最後にムテクの希望だった16座登頂に挑戦する。頂上アタックの相棒にいつもムテクを指名する主人公をそばでずっと見ていた隊の紅一点、ミョンエと共に。
ラストの主人公とミョンエとの頂上での笑顔は、そこから見える景色と同じくらい美しかった。
韓国映画らしく、感動を強く押し出す映画だった。確かに可能性を考えれば、あの過酷な状況下、ジョンボクの1人で救助に向かうという決断は二重遭難の危険があり、けして褒められることではないのだろう。
中には結果として、安易な決断と断罪する人もいるだろう。
それでも救助に向かわないではいられない強い結び付きが彼らの中にあった。家族はそう思うことでこの結果を受け止めたのではないか。
登山家の家族とはいかに覚悟のいるものなのか、あらためて感じた。
山で何かあれば、すぐそこに死が待っている。自分の死が家族に与える悲しみを十分に知りながら、それでも山に登らないではいられない彼らが、体力、気力の限界を越えて再び下山しようと重い足を諦めずに前に進めるのは、その家族が待っているからだ。
感動してばかりではいられない。辛い決断のお話であった。
雪山のシーンはどれも素晴らしく、実際に登山の訓練をしたという俳優さんたちの鍛えられた様子がうかがえるものだった。