今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

みかんの丘


試写にて鑑賞。岩波ホールで「めぐりあう日」を観た時、次回作として「とうもろこしの島」との併映作品ということで紹介されていた。


いずれも、ジョージアの映画で戦争をらめぐるお話だ。


2つとも予告編だけでも、考えさせられる内容だったので、気にはなっていたが、ラッキーなことに試写会でそのうちの1本を観ることができた。


山深い土地。あちこち傷んだ家が2軒。のどかな田園風景だ。そこに迷彩服を着込んだ兵士が2人ジープに乗ってやってくる。


作業小屋で木箱を作っている老人を見つけ、食料を要求する。ほとんど脅し取らんばかり。金で雇われた傭兵で、拡大しつつある戦争に加わっている。


いよいよ、老人の住む山奥も戦地になる日が来る。隣のみかん農家の男を訪ね、これからの相談だ。


村にはもうほとんど人の姿は無く、残っている者たちには少なからず理由がある。


みかん農家の男は、たとえ戦争中とは言え、みかんを枯らすことだけは避けたい。せめて、みかんを収穫してから、金を得て、エストニアに帰ろうと思っている。


老人は、村を離れるつもりは無い。だから、居残っている者達の役に立ちたい。せめて、戦火が及ぶ前にみかんの収穫を済ませてやりたい。そこで、老人は寸暇を惜しんでみかんの木箱を作り続ける。


そんなある日、機関銃の音が高らかにみかんの丘にこだまする。


先般、老人に食料を貰いに来たチェチェン人の傭兵と敵対するジョージア人とが激突し銃撃戦に発展していた。


チェチェン人の1人とジョージア人4人全員が死亡した。


敵味方関係なく老人はみかん農家の男の手を借りて、彼らを埋葬する。様々な感情はあるのだろうが、老人は一貫して、誰の側にもつかない。


いざ埋葬しようかという時、ジョージア人の1人が息を吹き返す。慌てて、家に連れ帰り、まだ里に残る同郷の医者に診察を頼む。


重傷を負ったチェチェン人とジョージア人、戦場で会ったなら互いに武器を持ち、敵対する2人を老人は自分の家で看病する。我が家ではけして相手を殺さないと約束させて。


人目につかないよう、ジョージア人たちのワゴンを谷底に落とし、兵士が訪ねてくれば、2人の兵士を説き伏せて、何事も無かったかのように振る舞う。


こうして、老人は2人の命を救い、互いに敵愾心剥き出しだった彼らに新たな繋がりを紡いでいく。


たとえ、敵同士でも個人のレベルで語り合えば、互いに通じ合えるのだと老人は2人に示してみせる。


凄いな。このおじいちゃん。強い信念の持ち主なんだろう。自分の住んだ土地だもの、愛着はあるだろうが、皆が戦火を避けてエストニアに向かっている中で彼に帰るという選択肢は無いのだ。


なぜだろう。


それはラストで分かる。


みかんの収穫が済んだら、エストニアに向かおうと決めたみかん農家の男と傷の癒えてきた2人の兵士。彼らが老人と共に過ごすのもあとわずかとなった時、収穫目前のみかんの丘が爆撃される。


みかんを枯らしたくないとこの地に残っていた男の思いが無残に打ち破られた。絶望の淵からなんとか立ち上がろうとした時、悪夢は訪れる。


兵士が数人通りかかり、チェチェン人の傭兵の身分を疑う。チェチェン人に銃口が向けられた瞬間、家の中から彼を救う銃撃が…ジョージア人が彼を援護したのだが、みかん農家の男と外に出たジョージア人が撃たれて命を落としてしまう。


なんとも納得いかない結果だ。互いに近づきつつあった彼らが突然の来訪者に撃ち殺されてしまった。


これまでの敵対感情から互いに歩み寄り、笑い合える時間を持つまでに至った彼らの繋がりが、老人の献身と努力が、何も知らない通りすがりの人々に木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。


戦争ってなんなんだ。


みかん農家の男をみかんの丘に埋葬し、ジョージア人は海の見える場所に。そこは老人の息子が眠る場所だった。


紛争が始まり、国のためという義務感に駆られ、最初に志願して戦地に赴いた息子。でも、すぐに彼は戦死してしまう。息子を彼の暮らした里山の海の見える場所に埋葬した老人。


老人がこの地を離れない理由はそれだ。そして、どんな状況になろうとも淡々と自分の生活を続け、敵対する若き兵士を分け隔てなく看病するのは彼が息子を戦争で失ったことと関係があるだろう。


老人が強く生きる理由。それは息子の死。


私はよく知らなかったジョージアの紛争。その全体像がこの映画で見えるわけではない。ただ、戦争が引き起こすものを見せられる。


埋葬が終わった後、家族が恋しいと言って戦地を離れるチェチェン人がジョージア人の持っていたカセットテープを聞きながらハンドルを握る。


彼はもう戦争の悲惨さを肌で知っている。


良い映画でした。考えさせられました。


岩波ホールでの公開なので、なかなかチャンスは少ないかもしれないけれど、ぜひ!!