ハドソン川に飛行機が不時着した。日本でもニュースになり、奇跡の生還を遂げた機長が英雄として紹介された。
その時の実話を元に描かれた作品。
映画の尺は90分が理想だとは思ってるが、最近はまずそんなまとまりある作品はほとんど無い。短いのはそれなりの理由がある。エピソードが絞られているとか…
この映画はまさに理想。
世界で注目された飛行機の不時着。乗客・乗員155人全員無事という奇跡の瞬間はまず冒頭で描かれない。
既に生還し、機長と副操縦士とが事故調査委員会の査問を受けるためにホテルに留めおかれている状況からお話が始まる。
機長にとっても、過去に経験の無い大きな事故だ。全員無事に帰還したとは言え、あの瞬間の感触は何度も何度も恐怖となって機長の心に蘇ってくる。
そうした普通でない状況の中、世間は彼を英雄視し、マスコミはこぞって押しかける。
心休まる暇もない。
家族は家族でマスコミに追われ、機長と離れていることで不安が募ってくる。
全員無事に帰還したとしても事故の調査が免除されることは無い。機長がマスコミにはやし立てられ、英雄としてインタビュー受けたり、テレビ出演をしている間も調査は続いていく。
そして、シュミレーターを使っての実験の結果、最初に管制官が指示した空港に戻っていれば無事に着陸できたという報告がなされる。
果たして、機長は乗客を死の淵から救い出した英雄なのか、敢えて乗客を危険に晒したのか…
調査委員会の見解が機長の判断の間違いを指摘し、機長の立場が危うくなってしまうが、世間の人々はそんなことを知る由もない。
かたや英雄視され、かたやミスを犯したとされ、機長と副操縦士は精神的にも追い詰められていく。
しかし、機長には長年の飛行経験からくる確信があった。
調査官たちが語る予定通りのシュミレーションと現実の飛行状況の違いを指摘し、シュミレーターでの実験で再確認を求める。
それは、機長の考えが正しかったと証明することになる。
現場での経験やそこから得た教訓、そして、彼の感覚に刻まれた確かな手応え。職人の世界だ。そして、人間のパワーは時として機械も凌駕するのだと教えられる。
飛行中の音声を調査委員会の席で、皆で聞くという場面で、初めて飛行中の様子が通しでスクリーンに登場する。
それまでも回想という形で何度も何度も登場しているシーンだが、これが何度観ても臨場感があり、緊張感が高まる。何度観たって飽きることが無い。ここは監督の力とトム・ハンクス、アーロン・エッカートの演技の賜物。
まるで、ドキュメントを観てるような感覚を抱かせる。
委員会の最後で、委員から英雄だと讃えられても、機長は全ての人の力によるのだと答える。
確かにそうなのだ。飛行機が無事に着水しても、すぐに助けに来てくれたフェリーの存在が無ければ、乗客は凍える川で力尽きたかもしれない。
また、自分の置かれた状況にパニックになる乗客がいたら、静かに助けを待つ体制はとれなかったかもしれない。
フェリーが着岸しても、すぐに乗客のケアを引き継げる消防隊員や警察官がいなかったら、冷えきった乗客の体調が急変したかもしれない。
様々な負の可能性を転換し得たのは、その場に居合わせた人々の努力の賜物だ。
登場する人々の背景が語られることはないが、こうした様々な可能性がこの場に結集されたところを観て思うのは、やはり「9.11」後の世界だということだ。
ニューヨークでの飛行機事故というものがいかにアメリカ人の心を緊張させるのかを知る。
圧倒される映画だった。
助かって良かったという感動をことさら大げさに描くのでなく、淡々と事故の状況とその後の機長の置かれた状況を描いているので、確かに盛り上がりには欠けるけど、その必要など感じない。静かな傑作だと思った。
クリント・イーストウッド監督って凄いんだな!!
ラストで本物の機長夫妻と助かった乗客たちが、展示されている事故機の前で語り合う姿が紹介される。皆であの時を共有し、生還した強い絆が芽生えているのが分かる。
エンドロールでも、当時の救出時の画像が流れる。映画で流れたシーンとほとんど変わらない。作られた物を観たはずなのに、そういう感じがまるで無い映画だった。