今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

ザーヤンデルードの夜


東京フィルメックス2016にて初日に上映された特別招待作品。


夜10時からの上映ながら、TOHOシネマズ日劇の第3スクリーンの半分近くが埋まる盛況ぶり。


この映画は1990年製作で、イラン革命の前後を描いた内容が革命成就した社会を批判するものだと判断され、当局の検閲にかかり、100分の作品が63分に削られてしまったそうだ。


さらに国内外での上映が禁止され、音声の一部も消去されるなど、かなりズタズタにされてしまったらしい。かろうじてネガだけが残った。


それが、昨年になって、出国した監督のモフセン・マフマルバフさんのいるイギリスに持ち出され、修復され、検閲後の短いバージョンながら、ストーリー的には理解できるとのことで、映画祭に出品されたらしい。ベネチアだったかなぁ…どこだろ?


持出しと修復の経緯が明かされないというのはそれなりに迷惑のかかる関係各所があるだろう。


実際、上映された作品には音声が途切れる部分がある。字幕の代わりに「検閲により音声が無い」旨を説明する文章がスクリーンに映し出される。


こうして、映像になって、まざまざと見せつけられる「検閲」の恐ろしさ…


話の内容は、正直ブチ切れだし、音の無いところもあるし、おまけに夜遅くて眠くなってたのもあって、ちゃんと理解出来てるか分らない。


大学のようなところで、教壇に立つ男性が一般論として語ったことをさも彼の持論かのように問い詰める学生。こいつが告げ口したせいで、男はある場所に呼び出され、目隠しをした上で詰問される。


帰り道、心配してやってきた妻とコーラを飲みながら、言いたい事を大声で叫ぶ。っていっても「コーラ飲むぞ〜」ってくらい…


それでも、彼らには不幸が訪れる。


この辺がブチ切れ効果で、どんな繋がりで彼らが事故に合うのかが分らない。


サスペンス好きの私としては彼を危険視した当局側が手を打ったように考えた。この辺りも検閲の対象なのかな?


そして、苦しむ彼らの側で酒に酔い騒ぐ男達や何事も無かったように通り過ぎる車が映る。苦しむに人に手を差し伸べることもしない人々の心の荒廃ぶりを示しているかのようだ。


革命が成功した後なのかどうか、よくわからなかったけど、人々のこうした振る舞いを見ても理想の社会になっているかどうか…


また、自殺志願者が診察を受けている場面も同じような意味合いなのかな。


人々は心を病んだままだと…


私みたいなのがとやかく言える映画ではないのね、きっと。でも、こうして、そんな昔ではない20数年前の映画でさえ、検閲で元の姿を留めていないものがあるという現実が恐ろしい。


そんな貴重な作品を観られたという事実に感謝だな…