今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

ジャッキー ファーストレディ 最後の使命


試写にて鑑賞。


基本的にナタリー・ポートマンが好きではありません。どんな役をやってもいつも同じ、あのツンとした表情が嫌いだから。ただ、人を見下し、高慢チキな態度をみせる役を演じた時はそれがぴったりハマるので、役に応じて彼女の活かし方は違うのかと思う。


けして、優しい表情を見せないジャッキーは、ある意味彼女にぴったりの役ではなかったか。


冒頭、郊外の広大な邸宅に寂しく暮らすジャッキーが登場する。既に夫を亡くした後の住まいだ。


彼女は、夫の死を境に生活が急転した。突然の出来事に翻弄された「その時」を様々な外野の目が捕らえていた。少し落ち着いた時期になって、自分が本当に伝えたい「真実」を語る気になって、記者を迎えた。


ただし、自分の言葉で語り、自分のチェックを受けたもの以外世間に出すことは禁じた。こんなもの真実と言えるんだろうか。その取材の過程に、夫ケネディ大統領が暗殺された直後の状況が差し挟まれる。


本編99分だが、とっても長く感じる。ケネディ大統領の暗殺に関して新事実が語られるワケではないので、特に盛り上がるシーンも無い。


副題に「最後の使命」ってあるけど、ジャクリーンの最後の使命って、任期中に暗殺された過去の大統領の名がすぐに皆の記憶から忘れ去られてしまったことを危惧し、自分の夫だけは「英雄」に仕立てあげて、葬らなければならないと決意して、行動したことを指すらしい。


でも、時の大統領暗殺という事態に彼女たち家族だけでなく、世間も翻弄されていく中で、彼女自身が舵取り出来た事など皆無だったに違いない。


だから、彼女の発言を聞いてもなんだか信じられないし、嘘くさい。どちらかと言うと、感情的になって、何も出来なかったジャクリーンの言い訳を聞かされてるような感覚になる。


このジャクリーンの言い分は、どんな経緯で映画化されたんだろう。彼女が既に亡くなったから、制約が無くなったのか…


ナタリー・ポートマン主演ということで、日本でも普通に公開されるのだろうが、これ、彼女の主演じゃなかったらどうだったかな…