今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

怒り


どっかで映画化されると耳にしたんだけど、それっきりだし。ドラマ化だったのかなぁ。


でも、その前にちょっと読んでみようと手に取りました。


「怒り」吉田修一(中央公論新社)


えっ?中央公論新社?「新社」?へぇ〜(^▽^;)以下、感想…



















まず、八王子で殺人事件が発生する。それは、ちょうど事件から15年の歳月が流れ、テレビの情報番組で様々な特集が組まれている世田谷一家殺人事件を思い起こさせる。


何の罪も無い普通の御夫婦が突然暴漢に襲われ、命を奪われる。犯人は、夫婦を殺害後もそのまま現場に留まり、食事をしたり、休んだり…


普通の感覚では理解出来ない犯人の行動がまさにあの事件を思い起こさせるのだ。


この犯人は、殺人に至る激情を文字にした。犯行現場に残した「怒」の文字。何が犯人を動かしたのか。それを端的に示すものでもあった。


犯人が現場を立ち去った後、捜査は後手後手に回り、1年半が過ぎた。身元はすぐに判明したが、その立ち回り先が全く分からない。捜査本部は犯人の顔写真をテレビの情報番組にだして、広く訴える。


こうした捜査側の話と平行し、事件に絡めて3つの物語が語られる。


それぞれ、この事件とは直接関係の無い人たちの日常に突然ふらりと男が現れる。同時期に公開された八王子事件の犯人の顔写真とどこか似ている男たち。


1人は左利き、1人は右頬のほくろ、1人はサッカー好き…


彼らのまわりの人々は、何も語らない風来坊の過去にこだわり始める。そして、もしやと疑いを抱き始める。


1人は姿を消し、1人は行き倒れ、1人は


人に言えない悲しく辛い過去。ただ、今のあるがままの自分を信じて受け入れてほしいという願い。しかし、ようとしれない過去に不安を抱き、信じきることが出来ず、自分の抱いた疑いを晴らすために問いかけるまわりの人々。


風来坊たちは八王子事件のことを問いかけられ、相手の心に湧いた疑念を感じ取る。


そして、結局何も語らない自分を信じてくれる者などいないことを知り、彼らは姿を消す。


それまで、辛うじて繋いできた新しい世界は一切が水泡に帰す。信じることの難しさを痛切に描く。


結局、八王子事件の犯人は沖縄にいた風来坊の1人だったが、彼は彼で新たに築いた世界の中で命を落とす。


発端となった八王子事件の解決はならなかった。犯人の男が殺されたからだ。


事件そのものの解決が主題ではなく、世間を騒がせた事件の犯人が身近にいるかもしれないという疑心暗鬼の中で、どこまで人を信じ切れるかという物語だった。


発端の事件は衝撃的で気持ちの良いものではなかったが、小説は面白いと言えるのではないかな。


ちょっと読むのに分量的にちょうど良い。