今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

終わりの感覚


現在、東京ではシネスイッチ銀座で公開中の「ベロニカとの記憶」の原作小説が本作。


ベロニカ役の女優、シャーロット・ランプリングさんは好きな女優さんなのだ。凜とした佇まいで、優しくも賢い女性を感じさせる。だから、注目しており、映画を観に行こうかと思っていたのだが、シネスイッチ銀座のレディース・デーは金曜で、我が家的に金曜の日中に劇場に出かけるのは難しい。


そこで、原作を読んでみた。


「終わりの感覚」ジュリアン・バーンズ土屋政雄訳(新潮社)


以下、感想。。。















すっかり、一線から引き、悠々自適な毎日を送るトニー。離婚した妻とは、時折ランチを共にして、近況を語り、一人娘は立派に独立して母親として頑張っている。


トニーは生活に追われることもなく、家族から追い立てることもなく、1人の生活を楽しんでいる。


そんな彼に、40年前の大学時代にほんの短い期間交際した女性の母親から遺産が送られたと連絡が入る。


なぜ、交際していたベロニカでなく、その母親から?トニーは困惑するのだが、彼に遺されたのは500ポンドの現金と「文書」であるという。


現金を遺される意味、さらには「文書」が当時、親友と思っていたエイドリアンの日記だと聞き、さらに混乱するトニー。


実は、ベロニカとの交際はすぐに破綻した。互いに気持ちのすれ違いを修復できず、結局、努力して取り戻そうともせず、ひたすら就職のための勉強に勤しみ、ベロニカとは自然と別れの道を選んだ。


ベロニカと交際中、高校時代の友人として紹介した仲間のなかにエイドリアンがいた。そして、トニーとベロニカが別れた後、エイドリアンからベロニカと交際を始めたという許しを乞う手紙が届く。


この辺りは、突然のベロニカの母からの「遺産」問題が発生し、記憶の奥底にあったベロニカやエイドリアンにまつわる記憶を呼び戻して、トニーの頭に蘇った事柄だ。


トニーはベロニカとエイドリアンが交際を始めた時、嫉妬と嫌がらせに塗り込められた手紙を返送していた。


そして、それらの自分として納得のいかない様々なことを振り払うかのように放浪生活を始める。。。若気の至りってヤツかな。。。でも、実家に帰ってきた彼にもたらされたのは、久方ぶりの再会を喜ぶ便りでもなく、なんと、エイドリアンの自殺という思いもよらない出来事を知らせる手紙だった。


ベロニカと仲良く付き合ってると思い込んでいたトニーは、仲間と連絡を取り、詳細を尋ねるが、葬儀も家族だけで行われ、何も知らされていなかった。


それきり、時の流れの中で、ベロニカもエイドリアンもすっかり彼の頭の中から姿を消した40年後、彼ら2人にまつわる「日記」を、なぜかベロニカの母から託されるとは。。。


早速、その日記を受け取るための段取りを始めるが、彼に託された「遺産」は娘のベロニカが管理しているとのことで、遠くの記憶を呼び覚まし、まるで40年の時をひとっ飛びしたかのようにトニーは、ベロニカにコンタクトを取り始める。


何を期待したのか。トニーはフリーの男だから、かつての恋人との関わりに何か良からぬ思いを巡らしたのか。


しかし、ベロニカは言う。「昔も今も、あなたは何も分かっていない」と。


そう、まるで分かっていない。


トニーがまるで分かっていなかったベロニカの40年。そこには、優秀で将来が嘱望されたエイドリアンの自殺の理由も関係していた。


最初から最後まで、トニーの1人語りのような形で進行する本作。最初、何も分からなかった彼の回想や語りはお気楽なもので、現役引退して老年期にかかった壮年にしては軽い印象があった。


しかし、全てが明らかになる最後の十数ページは、衝撃的でさえある。


ちょっと映画で観るのはツラいかなぁ。エイドリアンの思いもよらぬ選択とその理由、ベロニカの苦渋の人生、そして、1度きりしか会うことがなかったベロニカの母の奔放さ。


交際中、1度だけ訪問したベロニカの家。トニーをどこか下に見るような傲慢な父親、優秀さを鼻にかけて父親ゆずりの言動をする兄、そして、そこに追随するベロニカ。息の詰まるような家族の中にあって、母親はどこか違う姿を見せた。彼にはおおらかに見えたその言動が、もしかしたら、ベロニカの家族の中の大きな問題だったのかもしれない。


長い人生の中で、ほんの1日、2日の繋がりしかない人の記憶はどこまで頼りになるのか。ベロニカの「何も分かっていない」という言葉の意味もそこにあるのかも。


そう、ベロニカの視点に立てば、トニーには何も見えておらず、何も理解しておらず、いまさら何も言えた義理ではない。一昨日来やがれって感じかな。でも、言ってくれなきゃ、分かんないよね。。。


まぁ、でも、トニーはそれで幸せだったのかと。その道を選んだ、というか選択せざるを得なかったエイドリアンは生きる道を断ったのだから。


最後の最後で震えが来るほどの結末を用意した作者になんと言えばよいのか。。。