今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

ひまわり


ウクライナへのロシアの武力侵攻。そこで話題になった映画「ひまわり」。劇中、主人公のソフィア・ローレンが戦争で行方不明となった夫を探し求めてソ連に向かう。そこで、現地の人々から紹介された「歴史」。凄烈を極めた「独ソ戦」。ドイツは死んだイタリア兵やロシア兵(字幕は「ロシア兵」とされていたが、これは第二次大戦でしょ?だとしたら「ソ連兵」だよね?今がロシアという国名だから?)、そして、戦地となった地元の人々を埋めた。


その土地にひまわりが咲く。


見渡す限りのひまわり畑。亡くなった人々 を埋めた土地の広さに改めて驚く。


このひまわり畑は今のウクライナ。そこで、ロシアの武力侵攻への抗議の意味を込めて、各地で「ひまわり」の上映が始まった。


「ひまわり」はその背景など知らなかったけど、戦争がもたらした悲劇として何度も見ていた。でも、映画館で観たのは初めて。初公開はもう50年前だと前の席のおばあちゃんがお友達に話してた。


それほど息長く愛された映画を今回ちゃんとスクリーンで見られたのは感謝しかない。


ソフィア・ローレンは美しかった。マルチェロ・マストロヤンニは素敵だった。最初は単なる火遊び的ゲームのような恋愛だった2人。結婚したら、軍から結婚休暇がもらえるという制度を利用し、ホントに結婚まで遂げた2人。ところが、病気を理由に戦地へ行くのを拒んだのだが、それが仮病とバレてソ連の最前線へ送られることになる。


これが2人を分かつことになる。


見渡す限りの雪原。立ち止まるとその場で氷ついてしまうほどの寒さの中をイタリア兵たちは生きるために歩き続ける。


マルチェロ・マストロヤンニ(役名忘れてる…汗)は雪の中に倒れ、通りかかった少女に助けられる。そして、人生の歯車は狂う。


初めて見た時、マルチェロ・マストロヤンニを助けたソ連若い女はなぜ妻の座に着いてるんだ?と思った。女はジョヴァンニに彼は記憶喪失だったと言い訳をしていたが、ジョヴァンニを思い出した後、自分に対する愛など彼にはまるで無いことに気づいていただろうに。惨めとしか言いようがない。しかも、ジョヴァンニがソ連を訪ねた後は会話も減って、引っ越して新しい生活にはいった直後は一切話しかけられもしない。それをなじるソ連若い女に「厚かましい」と感じたのを映画を観ながら思い出した。


最初に見た時からずいぶん時間は経ってるけど感じることはさほど変わらないものだ。改めて、ソ連の女、ちょっときれいな顔してるからって厚かましいって思ったし、男の心変わりを責めてるのが理解できなかった。


今回、ソ連で別れたところで終わっても良かったな…と観終わって思ったのだ。汽車に飛び乗るところで…


そして、マルチェロ・マストロヤンニがイタリアに訪ねてくるシーンでジョヴァンニには男の子がいた。夫の姿や存在は感じられないジョヴァンニの部屋。もしかしたら、マルチェロ・マストロヤンニソ連での姿を見て絶望して、酒浸り、男と遊び歩いた結果の子供なのかな?と。この時の彼女の「真実」をどう判断すべきか…見る度に悩んでいた。今回も目を見開いて観たけど、分からなかった。50年前に映画館で観たおばあちゃんもその時も今も分からないと友達に話していた。


結局、もう2人はやり直すには遠くに来すぎてしまったのだ。


4Kレストア版制作に当たり準備されたというパンフレットを購入した。そこには、最初の段階で2人はソ連で別れることになっていたそうだ。でも、ソフィア・ローレンがフラれる側ではダメだとイタリアでの出会いが追加されたのだそうだ。


そうかぁ。だから、なんか考えちゃう終わり方だったのね。


音はあまり良くなかったけど、でもスクリーンで観て良かったと思う。