今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

八甲田山 死の彷徨


「天は我々を見放した!」の映画「八甲田山」の原作です。


八甲田山 死の彷徨」新田次郎 著(新潮文庫)


以下、感想。。。

















映画「八甲田山」と言えば、日本軍がほぼホワイトアウトの中を何の準備もなく突撃して彷徨う強烈なシーンに象徴されるけど、子供心に強烈に残ったのは上司がバカだとたまったものではないという哀しさだった。


大好きな高倉健さん演じる徳島大尉とあんまり得意じゃない北大路欣也さん演じる神田大尉のダブル主演。


役者の見た目で言えば、北大路欣也さんの方が良いとこのお坊ちゃんの風貌で、それを武器に陸軍の中でも出世株の出世頭だと思っていた。だって、健さんと言えば任侠映画のスターだし、「黄色いハンカチ」も「大地の呼び声」も罪を犯した男を演じてたし、厳しい階級社会の荒波を這いつくばって登り上がってきたのかと思うじゃない。


実際、私はこの原作を読むまで、徳島大尉と神田大尉の立ち位置を完全に誤解していた。


士官学校出は健さんの方で北大路欣也さんは叩き上げだった。だからこそ、バカな上官に付け入るスキを与えてしまったのだ。


この映画、大人になって、キャスト陣を見てみれば、とてつもなく豪華キャストで後に名を上げた人も多数。東宝の周年記念映画「新幹線大爆破」に匹敵するほどだ。どっちも健さんの映画だってのが凄いけど!


それほどのキャスト陣を並べて訴えたかったのは何だろう。当時、日露戦争前夜であり、その後の歴史に埋もれそうになった八甲田山雪中行軍遭難事件を後世に残そうとしたのか…


実際に当時、八甲田山雪中行軍遭難事件は大きな波紋を呼び、人々の関心は高かった。陸軍で起きた事件だから、いい加減な打ち切り方はせず、僅かな生存者を頼りに事件の記録は残されている。しかし、その後の世情の変化に事件は埋没する。


本書の解説によると、作者である新田次郎氏が掘り起こさなければ、そのまま歴史に埋もれていたそうだ。


富士山測候所に勤務し、山に精通した新田次郎氏だからこそ、本作は成立したのだろう。


そして、健さん演じる徳島大尉がただの英雄ではなく、猛吹雪の中、地元民を案内人に仕立て僅かな賃金で命を賭けさせた事実もきちんと描かれ、脅し以外何物でもない言葉で案内人たちから事件が漏れるのを防いだことも語られている。


成功しようと失敗しようと徳島大尉も陸軍の人間だったのだ。当時としては、選ばれし人であったのだ。


この映画を初めて見たのはテレビ放送だった。まだ子供で、ながら視聴だったはずだ。しかし、いつしか猛烈な冬山の描写に引き込まれ、手をギュッと握りしめて見入ったことを覚えている。


あれから、この原作に至るまで長かったなぁ。やっと、真実に辿り着いた感じだ(汗)。


以前、ある評論で読んだことがある。この八甲田山雪中行軍は迫りくるロシアとの開戦に向け、日本陸軍の力試しの意味合いもあったと。広大で寒さの過酷な戦場でいかに戦うか、そのためのデータを得るためだったと…


しかし、過去に例のない寒波に見舞われ、雪中行軍は当初の目的を達成できず、多くの死傷者を出した。そして、1人の落伍もなく帰還した徳島隊の多くもその後、日露戦争で露と消える。その激戦の舞台が「二百三高地」だったと言うが、本当だろうか。彼らがその死地に送り込まれた経緯も陸軍内の思惑が働いたと残す評論もあるのだ。


いずれにしろ、多くの人材を無碍に殺した事件だ。戦争が良いとか悪いとか、それ以前に人の命の重さを分からない者たちに道を委ねることの恐ろしさを感じる。


これは読むべき小説だと思う。