今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

岩波ホール


2022年1月11日


衝撃的なニュースに固まる。それは、神保町に長年生き続けた文化の牙城、岩波ホールの閉館を知らせるニュース。


最初はTwitterだった。何気なく自分のタイムラインを覗いた時、岩波ホールの呟きに手が止まる。最初は今後のプログラムの案内かと思った。確かに「今後」について書かれていたが、その今後は先に繋がるものではなく、先を閉じるものだった。


しばらく手が止まった。思考も止まった。何も思い浮かばない。そこに示されている日付「2022年7月29日」っていつだっけ?えっ?来年?…そして、しばらくするとそれは今年、今夏ということがじわじわと頭に認識されてくる。


その日は確実に半年後にやってくる。スマホの画面を見つめたまま、何も入ってこない頭。そして、ぼろぼろと落ちる涙。


閉館を知らせる文面は、コロナ禍での厳しい経営について触れており、今後の維持が難しいことから閉館という結論に至ったことを明かしていた。


「あぁ、私のせいだ。私が行かなかったからだ」…


こんなに悔やんだことは久しぶり…というか、あまり無い。いつも、悔しいことはあっても、ある時期から無理矢理前向きに受取る思考回路が出来た。世の中は上手く行かないことばかり、それなら、悔やんでるよりそれを、その思いをその先に活かす方法を考えた方がより価値的だ。


自分の両親が共にガンの闘病を乗り越え、日常生活に戻る過程に寄り添い、学んだことがたくさんあった。私も鍛えられた。物事に対して、より前向きに、より価値的にと自分を鼓舞する方法を少しずつ自分の中に刷り込んでいった。


その後、義母のガン発症の時には嫁として少しでもその学びを活かしたいと思ったが、夫やその兄弟の意向は私の思いとは逆だった。私は何もできなかった。そして、義母は診断よりずっと早く死んだ。本当に悔しかった。取り返しがつかない悔しさ。


あの時と同じだ。もうどう足掻いても、私にはどうすることも出来ない。ここ数年のコロナ禍での世の中の変化にいつの間にか、私は諦めることも必要なのだと思い至り、そう思っていれば傷つくことも減るのだと考えていた。


でも、現実はそんな生やさしいものではなかった。コロナ禍で感染対策のため長い休業を強いられ、少しずつ日常を取り戻す中で「文化」は先送りされた。確かに、人間、命がなければ文化もクソもない。でも、本当にそうなのか。文化・芸術は人を人たらしめる根幹に関わるものではないのか。


閉館にむけて、なにやら特別なプログラムを供する予定は無いようで、淡々と今後の上映予定作品が並ぶホームページ。そのあり様がまだ私の救いになっている。


閉館発表の1週間後、岩波ホールで日中合作映画「安魂」を観た。さすがのチョイスだと思った。そう、上映作品のチョイスに「さすが」と思える映画館はもう他に知らない。


オミクロンという新しい名のコロナ株が急に猛威を奮い出し、昨日の新規感染者は7000人を超えた。再び、コロナの脅威に晒される日々を迎えるこの時に岩波ホールの決断は致し方なかったのかもしれないが、でも、それでも、私に何かできなかったのかと深く考えさせられた。