今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

はじまりの街


さすが、岩波ホールの上映作品だと。「良い映画」いわゆる「秀作」って、こういう映画を言うんだろうなと心にしみじみと感じ入る映画だ。


冒頭、大好きな友人とのサッカーからの帰り道の少年が登場する。この映画の主人公。彼の頭はサッカーの楽しさでいっぱい、世の中に不幸な思いをしてる人がいるなど思いもよらない。


その彼が勇んで開けた玄関ドアの先で、怒声を聞く。自分の幸せな日常の裏にあった現実を目の当たりにする。


夫の暴力に耐えかね、何度となく通報し、第三者の手助けを受けたが、夫の行動は過激さを増すだけ。額に傷が残るほどのケガをし、妻は決断する。


彼女の親友が暮らす街に母と子は逃げていく。家庭を持たず、大好きな芝居に打ち込んできた親友は全ての事情を理解し、暖かく2人を迎え入れる。


母と思春期の息子で暮らすには狭い部屋ではあるが、贅沢は言ってられない。新しい街で新しい生活を始めるのだ。


彼らの「はじまりの街」は、見知らぬ人に不寛容で、どこでも同じなのかもしれないが、それまで暮らした街の居心地の良さを思い出してしまう。


見慣れた街、いつもの場所、一緒に語り合う友達。少年は、それらを奪うきっかけになった父の暴力を憎みながらも、よそよそしい他人の街に受け入れれない現状を呑み込むことができない。


帰りたい。その思いが募る。行方の分からない妻と息子に宛てて夫が手紙を送ってくる。実家の父親を経由して届いたその手紙には、自分がどれほど妻を愛し、息子と会いたがっているかが綿々と綴られている。


しかし、夫のその謝罪はすぐに反故になることを身に沁みて知っている妻は手紙を隠してしまう。


自分に暴力を振るった夫も息子に手を上げることはなかった。だから、今度の手紙は信じられるのかもしれないと心は揺れる。思い迷う母と新しい街で思うに任せない息子。


隠してあった手紙を読んでしまった息子はそれまで大切な相棒だった自転車を何日も放り出し、閉じこもってしまう。


同居人の母の親友、向かいのレストランの元サッカー選手。母子を取り巻く人々にも辛い苦しい胸の内があり、互いに手を差し伸べあって生きている。その現実を知り、母の苦渋の決断を受け入れることができた息子のところに同じアパートの少年が訪ねてくる。


友達と走り出す息子の背中を目で追う母の気持ちを思うと自分の子育て中の様々な悩みや苦痛を思い出す。母親の安堵の瞳がなんとも胸にジンとくる。


少年が学校に通い始める前、暇に任せて自転車で走り回る。そこで出会った年上の少女。彼女は見知らぬ街で体を張って生きている。共に街に受け容れられない者への共感なのか、少年が初めて心を開いたのは彼女だった。現実を知りながらも、淡い恋心を抱く少年。


このエピソードがあることで、彼が現実を受け容れいくくだりが納得いくものになってる。思春期の淡い思いと「はじまりの街」での不安。よくその小さな体で乗り切ったなと。


これからもいろんな事があるだろうけれど、この母子なら大丈夫と思えるラスト。良い映画だった。