今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

ザ プレイス 運命の交差点


久しぶりにヒュートラ有楽町へ。「ザ プレイス」というのはとある交差点に面したカフェの名前。そのカフェを舞台に描かれる。


カフェは全面ガラス張り。入口から1番遠い奥のテーブルにはスーツを着て、黒い大きな手帳を広げる男が1人。彼はそこで食事をし、午後のお茶を飲み、人と会う。席から離れることは無い。


この男に会いに来る人は様々。だが、それぞれが悩みを抱えている。そして、どうした経緯でそうなったのかは知らないが、彼と「契約」を交わし、悩みを解決するための策を授けてもらう。


だが、男の口から出る解決策は究極の選択を迫るものだ。自分の望みは人の不幸の上に叶えられる。


例えば、自分の息子がガンに冒され余命幾ばくもないと知った父親。彼は悲壮な表情を浮かべて男の前に座る。男が提示した解決策は、女の子を殺すこと。


何度も男の前に現れる父親。そのやり取りの中で、男がただ「女の子」と指定したのではないことが分かってくる。ある条件を提示し、その条件に見合う女の子を見つけてきた父親。男が誰でも良いと言ったから選んだ女の子だが、男がその子を選ぶように誘導したのは感じられる。ただ、そこをスクリーンで表現しないだけだ。その匂わされた「誘導」の根拠がびっしりと書き込まれた黒い手帳にあることは一目瞭然。


彼の手帳にはいったい何が隠されているのか…


何人もの人が男の元を訪れる。そして、究極の選択を迫られ、葛藤する。すぐに行動をおこせる者はほとんどいない。様々な立場、様々な生活環境。それぞれ違う人間。性善説に基づく男の「答え」なのかもしれない。みな突き詰めていけば「善人」なのだ。彼らは葛藤し、選択に迷い、また男の元へやって来る。それを繰り返す中で、自分の解決策を見出し選択する。


中には、叶った願いに気を良くし、自分を見失う者もいる。しかし、そんな人にはきちんと因果は巡ってくる。


なんだか、深いなぁ。男について説明が無いから、余計に難しい。男は手帳に書き込まれた様々な人々の状況をまるでジクソーパズルのピースでもはめ込むようにして、互いの要求を突き合わせていく。


朝から閉店後まで座り続ける男。彼は何者なのか。男の背景も気になるが、最後まで語られることは無い。ただ、多くの人の声を聞き続け、背負う物が大きくなっていくのは彼の憔悴していく姿を見れば読み取れる。そして、人々の悩みや望みに1つの道が見出された時、「契約」は終了し、彼はメモを1枚燃やす。


なんだか、不思議な映画だった。悩む人々の訴えを聞くばかりで、彼らの実際の行動も彼らの口から語られるだけ。それでも、解決へ向けての道が開いていく手応えは感じる。見えないものが見えてくるような…


なかなか難しく、面白い映画だった。