今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

はじめは駄馬のごとく ナンバー2の人間学


コロナ感染症の流行拡大防止のために、長い撮休期間が明け、先週末から放送が再開された大河ドラマ麒麟が来る」…この数ヶ月の放送休止は今後の大河ドラマのスケジュールに何かしら影響してくるのだろうか。


そんなことを考えながら、本書を手に取る。本書は「吾妻鏡」以外これと言った歴史資料が無い北条義時について、歴史小説家の永井路子さんが独自の視点で彼のナンバー2としての生き様を書いた本だ。もちろん、歴史資料の少ない義時なので、彼だけでなく、永井路子さんが「ナンバー2」として傑出していると考えた他の歴史上の人物についても語っている短編集なのだが…


「はじめは駄馬のごとく ナンバー2の人間学永井路子 著(文春文庫)


以下、感想。。。















面白かった。これまで、承久の乱について書かれた書籍で北条義時の生き様に触れてきたが、彼はやはり、偉大な義兄と姉の影に隠れて歴史の中に埋もれてしまっていた。


そして、永井路子さんは、その埋もれてしまった事実こそ北条義時の本懐であると言っているのだ。


なにしろ、考えてみれば、当時絶対的に権勢を誇っていたはずの上皇3人全てを流罪してしまったのだ。結果として、武家による政権を打ち立てた。それは、後々、江戸時代まで続く日本の世の流れとなった。


中学、高校で日本史を学びながら、特に気にも留めなかったが、永井路子さんや大河ドラマ「鎌倉殿と13人」を執筆する三谷幸喜氏の語るところによれば、その強い武家社会を作ったのが北条義時、その人なのだ。


北条家が執権という立場に立ち、国を動かしたのは鎌倉時代鎌倉時代といえば「元寇」だ。当時の執権は北条時宗。北条家8代目だそうだが、初代は義時なのか、父親の時政なのか、それすら知らない(汗)。


北条家の鎌倉時代は、元寇が1番の注目点で、一武将であった新田義貞に破れた最後はまさにフェードアウト状態。これが、著名な歴史上の人物に打ち勝って執権という要職に就き、著名な歴史上の人物に破れて幕引きとなるなら、もう少し義時に目も行ったろうが…


そういうワケで、三谷幸喜氏が北条義時を主人公に大河ドラマを書くと言わなければ、その義時を小栗旬くんに演じさせると言わなければ、私は今でも「鎌倉時代元寇」のままだった。


「ナンバー2」としての北条義時を知り、永井路子さんの論評に頷きながら、「ナンバー2」として生きることのカッコ良さを再認識する。