今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

おもかげ


シネコンなど大きな映画館が全席販売を開始してからは、有楽町や日比谷には出かけていなかった。


その大ヒットぶりが世界的に話題になっている「鬼滅の刃」のおかげなのか、平日でも全席販売が開始された。スクリーン内で食事をしなければ全席販売でも構わないのだろうか。一応、スクリーン内の換気は万全だと言うが、目には見えないので、不安は拭いきれない。


そんな中で、シネスイッチ銀座は辛うじて全席販売を見合わせている映画館。と言ってもこれまでの前後左右1席空けではなく、全席の7〜8割ほどの座席数にしているようだ。だから、座席の場所によっては隣に知らない人が座る可能性もある。


とりあえず、2席並びのブロックで片側が埋まっていれば、その隣に座るヤツなど居ないだろう…という狙いで席を決めた。偶然にも前後左右1席空け状態で鑑賞できた。本当にホッとした。だけど、もうこんなことも無くなるんだろう。


洋画全般が、製作本国のコロナの影響で軒並み公開延期となっていて、国内上映作品は邦画が多い。おかげさまで、邦画ばかりだと特に観たいと思うものも少なく、劇場へ行くことも減った。もう少し、国内のコロナの状況が落ち着かないとどうしても不安が先に立つ。大丈夫と聞いてはいても…ということだ。


そこで、シネスイッチが全席販売を始める前に…と。他にも観たい作品はあったが、スケジュールとの兼ね合いで「おもかげ」を選択。


冒頭のシーンは、観ているこちら側も胸が締め付けられ、いわゆる「掴みはオッケー」という出だしだ。


話の様子から別居中の夫と6歳の息子が旅に出ているようだ。そして、旅先から息子が電話をかけてくる。宿泊しているキャンピングカーからではなく、車が停まっている森の駐車場からビーチまで歩いてきて電話をしているらしい。


息子が忘れた人形を取りにいった父親は戻ってこない。すぐに戻ると言ったのに。父親を探してビーチまで歩いてきた息子は1人取り残される。馴染みのない土地、辺りには何も無い広いビーチ、状況判断の出来ない6歳という年齢、悪い条件が重なった。そして、唯一の連絡手段である携帯電話の電池が切れかかっている。


電話を受けた母親は半狂乱になっている。そして、息子の姿を見つけた男の声が聞こえて、電話は切れる。


その後10年。広いビーチを歩く母親。息子と電話で話していた頃とずいぶん雰囲気が違っている。妙に服装が軽いというか、若いというか…その姿を見ただけで、彼女の今の生活が穏やかなものではないことが感じられた。ということは、あの電話の後、息子は帰ってこなかったのだ、きっと。。。


その10年を敢えて説明せず、描かず、話の流れの中で、彼女が街の人達に子供の行方が分からなくなって半狂乱になった女として知られていたことが分かる。変人として…


彼女は息子が姿を消したビーチに移り住んでいるのだ。ビーチの見えるレストランで働き、休憩時間には広いビーチをただ歩く。息子の姿を求めているのだろうか。


そして、彼女は息子が成長したらと感じるおもかげのある少年と出会う。失った息子のおもかげに惹かれた彼女は、母親なのか、女性なのか…その境界線が彼女自身にも分からなくなってしまったんじゃないだろうか。


冒頭の導入部が子を持つ親にはショッキングだったので、彼女の狂気というか、情緒不安定ぶりはある程度は理解できるが、少年とのやり取りには共感できない。


息子の失踪のことも、息子から目を離し失踪の原因を作った元夫への憎しみも、息子が居なくなってからこのビーチに移り住んだことも全て理解し、支えてくれた恋人とも破局してしまう。そして、少年の家族の不興を買い、もちろん少年とも会うこともできなくなる。最後に電話した相手が、新しい生活を始めたばかりの元夫だったのは、ある意味、そこが原点だからなのか。彼女への気兼ねもあり、新しい生活を始めた報告に来た元夫に浴びせ倒した言葉は憎しみにまみれていた。でも、そこに最後に電話するって…


彼女はこれから、自分だけが露頭に迷い、1人孤独を味わい続けることを元夫に訴えるのだろうか。何1つ解決していないのに、新しい生活に踏み出した男に自分の恨み、不安をぶちまけながら関わっていくのだろうか…10年という歳月は何1つ彼女に変化をもたらさなかったようにも思える。怒りに縛られる彼女を遠巻きにするだけで、その思いへの理解も寄り添うこともなかった夫への恨みが彼女を生かしてきたように思えた。だから、誰もいなくなった時、連絡するのは元夫。夫からの謝罪もけして受け入れず、ただ恨みつらみのはけ口として存在していれば良かった元夫。だから、携帯も持ち歩かずにいたのだろうか。


怖い、怖い。おばけの怖さでなくて、情緒的な部分の恐怖…得たいの知れない狂気の始まりだ。