今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

豆の上で眠る


いつの間にか、図書館の予約は湊かなえさんの小説ばかりになっている‼


コンスタントに新作を発表されるので、気をつけてないとどんどん置いてかれてしまう。


そんなワケで、やっと手元にやってきた1作を…


「豆の上で眠る」湊かなえ(新潮社)


以下、感想…

















また、不思議なタイトルだ。「豆の上で眠る」?


このお話は、とある姉妹にまつわるお話。


その姉妹、2つ違いの姉・万佑子(まゆこ)と妹・結衣子(ゆいこ)という。


姉は、優秀で、大人びていて、少々病気がちで、読書が大好きな女の子。結衣子の前から一時姿を消すまでの8年間。


彼女は妹を守ってきたというより、その感性を育んできたという方が良いのかな?


まるで、親がするように、小学校に入ると妹に童話を読み聞かせていた。


その中で、特に結衣子の心に残っているのが、アンデルセン童話の「えんどうまめの上にねたおひめさま」だ。


王子様が「本当のお姫様」を探すため、1粒のえんどう豆の上に羽根布団を重ねた上で自称お姫様達を寝かせてみる。翌朝、よく眠れたかと尋ねてみる。本当のお姫様なら背中に感じる小さな異物にも反応し、眠れないのではないかと。それだけ感じやすいのは「本当のお姫様」の証拠だと…


そんなお話だそうだ。私は小説に登場する姉妹以外の子供たち同様、そんな童話があることすら知らなかった。


布団の下に感じる異物感なら、私だってたまに反応することはある。布団をめくると小さなボタンが落ちてたり…


でも、それで私が「本当のお姫様」だと思うわけでもない。童話って感動できる感性の働く時期ってものが限られているのだろう。


さて、そんな冒頭のエピソードからして、私にはちょっと変わった姉妹にしか見えないのだが、小さなころ「万佑子ちゃん」と姉を呼んでいた妹の結衣子が20歳になった現在、姉のことを「おねえちゃん」と呼んでいることに気づいた辺りから、妙に「違和感」を抱くようになる。


湊かなえさんのことだから、絶対に何がある‼何度も前に戻って、確認しながら、読み進めることになった。


大学への進学を機に実家を出た結衣子。地元には、親しい友人もいないし、何の未練も無く、たまの帰省すら面倒に感じるほどだ。


その彼女がやっととれた夏休みを利用し、帰省する車内でたまたま隣に座った人が連れていた猫を見て、姉の失踪事件の前後の日々を回想していく。


姉の失踪事件の顛末とそこで果たした結衣子の役割、さらに2年後、姉が奇跡的に発見され、元の4人家族に戻ってから彼女の心を捉えて離さなかった違和感。


結局、子供の感性って鋭く真実を見抜くんだなと…


これ以上は、これから読む人のために書けないけれど、ちょっとややこしい関係性があって、それが、万佑子の失踪事件の本質であったりして、「あぁ、人間って面倒臭い」って思った。


こんな複雑な心の葛藤は小説の中だけじゃないかと思ったり。


ところで、両親と万佑子が取り繕った事の顛末を結衣子が読み取るきっかけとなったのは、万佑子の目の上の傷だ。


これが、私の妹にもあるのだ。私より4つ下の妹。かつては、生まれた土地に戻った男を追って、何度も訪ね、遠距離での交際を続けるほどの情熱を発揮していたらしい妹(母にそれらしい事を聞いただけで、本人に確かめる勇気は無かった)。


その熱も何かの折りにぱったりと冷め、その後は仕事一筋のデパート・ウーマンだ。


学校を卒業した直後に結婚した私とは対照的すぎる彼女のまぶたの上にも万佑子と同じ傷がある。


当時住んでいた家にたった1つあった掃き出し窓。まだヨチヨチ歩きの妹がそこに向かうことはほとんど無かったのに。妹が起きている時にその窓が開いていることも無かったはずなのに。


妹はそこから落ちて窓の下のコンクリートの小道で顔を傷つけた。


慌てて飛び出した母の叫び声と血だらけになっていく妹の顔がしばらく脳裏にこびりつき、夜を迎えるのが怖かったことを覚えているが、人間の記憶っていい加減なもので、それほど強烈だったものがいつの間にか私の中から消えて無くなっていた。


ある意味、それほど恐ろしかったのかも。だから、思い出さないように子供心に記憶の蓋を閉めたのかもしれない。


目の上すれすれの傷。母は顔が血に染まっていく妹を抱き抱え、叫びながら、近所の病院に走って行った。後に残す私の事など一切その心に無いことは、その後ろ姿を見送る私に痛いほど分かった。


これからは私は1人なんだと思ったのだけは今も覚えている。そんなはずは無いのに。


しばらくして、母が飛び出して行った時と同じように妹をしっかり抱いて、帰ってきた。


その時の妹の姿を何一つ覚えていない。ただ、母の言葉は覚えている。


「目から血が出てるのかと思って、もうこの子は片目になってしまうのかと。どうしようと思って…」


「先生が血を拭き取ってくれて、傷を確かめたら、目の上スレスレのまぶたがぱっくりと傷口を開けていた。先生は咄嗟に目をつぶったんだなと言ってた」


「縫合すると傷痕が残る。女の子だし、顔の傷だから、痕が残らないようにテープで止めようと先生が言った」


心配して駆け付けた近所の人や仕事を放り出してきた父に母は興奮状態で伝えていた。もちろん、妹は母に抱かれたままだ。


長じて、妹のまぶたには少し窪んだ痕が残った。太いシワのような薄いシミのような痕。


母はいつもいつも気にしていた。


子供の頃、何かあると妹が優先されるように強く感じていたが、その根幹はこの「傷痕」なんだろうなと私が思ったのはもう少し大きくなってからだ。


私が妹に抱いていた思いと結衣子が姉の万佑子に抱いていた思いに少しだけ共通するものがあるように感じた。


高村薫さんの「レディ・ジョーカー」を読み終わり、少し頭をリフレッシュして、夕方から読み始めた本作。


日付けが変わり、テレビの番組表がなんなく更新される時間までには読み切れる。


相変わらず、手の込んだ話だけれど、読みやすい湊かなえさんの小説だ。


親の心のありようを考えてしまう。ちょっとややこしい。