今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

ベルファスト


蔓延防止措置の解除に伴い、映画館も営業時間の制限を撤廃し始めた。そこに躊躇してる間にシネコンでの「BATMAN」が1日1回上映になってしまった(涙)。


しかも、アカデミー賞で邦画「ドライブ・マイ・カー」が久しぶりにノミネートされそうだと話題をなっていた。結果は作品賞などにノミネートされ、外国語長編映画賞を受賞。これは現在上映中の映画のプログラムにも大きな影響がある。


ベルファスト」は同じく作品賞にノミネートされていたけど、地味な作品だから、ホントに急がないと観られなくなってしまうという焦燥感で「BATMAN」より優先してしまった(笑)。まぁ、「BATMAN」は175分の長尺でふらっと観に行く気にはなれない(汗)。その点、98分の本作、最高じゃない?


さて、オープニング・タイトルのバッグには明るい日差しを浴びたベルファストと思われる町の空撮が続く。高精細のカメラで撮影された町の姿や町のシンボル。それらはそこに住む人にとっての日常。その日常が平穏ではなかった時代。ベルファストという地名が北アイルランドを知らない人にまで知られていた時代のお話。


鮮やかな現在のベルファストの風景からモノクロのベルファストへの移行が見事なお手並み。ケネス・ブラナーは本作では登場せず、監督に専念するのね…彼の少年時代を描いた作品だと聞いたけど、私って事前情報ほぼナシで観に行くから、どうなんだろ(汗)。


北アイルランド問題は長くイギリスに暗い影を落とした。それぞれの信教の自由が認められていた先進のヨーロッパで、その宗教をきっかけに人種差別や暴動が起きた。それは根深く人々の心に浸透し、断ち切ることの難しい問題になっていった。


実際のところは何も知らなくても(まさに私がそうだ…

)、ベルファストという都市の名、IRAという組織の名くらいは聞いたことがあるだろう。その時代にいったい何があったのか、過去に映画で描かれたこともあったと思うが、私は多分観てないな…


英国圏の映画と言えば、ケン・ローチとかね…厳しい状況にある人々に光を当て、現実社会の問題を訴えかける。本作もそんな感じ。イギリスという国の映像文化に関わる人々の基本的姿勢なのかな。


自分と違う宗教を持つ人々を排除するため暴力に訴える勢力。宗教が違うからとかまるで意識せず、同じ町で共に暮らしてきた人々が、この暴徒のせいで厳しい生活に追いやられる。人々の生活に、心に分断が生まれる。


軍が安全を保証してくれる代わりに不便が増える。しかし、その保護が無ければ、命さえ危険なのだ。火炎瓶を持った暴徒が、町の人々が語り合う路地に押し寄せる場面は恐ろしい。しかし、その場で例えば怪我をする人も、あるいは暴徒に襲われ不幸にも亡くなってしまう人も登場しない。これが敢えてケネス・ブラナーがそう演出したのだと分かるシーンがある。


中盤で、学校帰りの子供たちが襲われ亡くなった事件もあったことを主人公の父親の言葉で知る。だから、子供の行き帰りにはしっかり目を配るようにと妻に伝えている。そう、学校から帰って、夕方まで路地で遊ぶ子供たちも暴徒たちの標的なのだ。


そして、暴徒たちの意に沿わないことも糾弾される。主人公の家は標的になる側ではなかったが、いつも仲良く付き合ってきた隣近所の家に火が
放たれる。どれほど怖かったろう。どれほど苦しんだろう。


しかし、父親も母親もこの町で生まれ、この町で育ち、家庭を築いた。今更、どこへ行けばよいのか…それは町への執着というより思慕と言ったほうが良いのかな。複雑に揺れ動く感情。そして、過去のギャンブルの借金が両親の関係に影を落とす。


主人公は危険な町と両親の争いを見つめる。近くに住む父親の両親は、もう既に年老いて、新たな土地への希望を持てない。どうして良いのか、悩めば悩むほど追い詰められていく大人たち。


そして、暴徒の中心的な存在だった父親の幼馴染みが主人公と妻を盾にして警官隊と向き合った時、父親は家族を守るために立ち向かう。ただ、家族を守りたいだけなのに、暴徒たちの報復に怯える日々を送らなければならないという危機感。


町への思慕に縛られながらも、ベルファストを離れる決意を固めるまで家族が苦しんだことを知る。


ただ、この家庭はまだ恵まれていたのかもしれない。過去にギャンブルに溺れるほど、仕事もなく閉塞感に苛まれていた父親が心機一転してロンドンの出稼ぎで信用を得て、大きな建築現場の仕事に声をかけられた。収入も安定し、住まいも用意してくれるという経済的な事情も大きかったろう。


感情的なしこりはなかなか取り切れない。人々の心に大きな傷を残したに違いない。あの時、ベルファストに残った人も、去った人もみな傷ついていた。その思いは人それぞれかもしれないが、あの時あったことを記録することは大切なのだ。


ケネス・ブラナー少年が見た世界。本編がモノクロなのは当時の彼には日常が輝くことは無かったからかもしれないな…と、ふと思った。