今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

罪の声


先ごろ情報解禁された来年公開予定の小栗旬くんの新作映画の原作小説。まだ、文庫化されてないので、単行本発刊直後から映画化への取り組みが始まったのかな。


「罪の声」塩田 武士 著(講談社)
以下、感想。。。















「現代 小説」電子版に掲載の「最果ての碑」に大幅に加筆修正をして「罪の声」というタイトルで単行本化されたそうだ。


読み終わってまず最初に思ったのは、文庫化の時は大幅加筆修正が必要だろうなぁということ。ところが本書の最終ページに上記の内容(電子版を大幅加筆修正して単行本化)を知り、ちょっと考え込んでしまった(汗)。


未解決事件をレポートする新聞記者とその事件に関わってしまったテーラーの主人とが主人公。どちらも30代半ば。


記者はその英語力を買われ、事件記者を差し置いて、未解決事件の背景を取材するためイギリスに赴く。海外取材は不発に終わったが、その後、手探りで進んでいく過程で事件の核心に迫っていく。


そこで出会うのがテーラーの主人。彼は子供の頃、自分の思いなど関係なく、結果的に事件で重要な役割を演じていた。この辺りを細かく書いちゃうとネタバレなので、内緒(汗)。


前半、事件の概要や主人公たちの現在を描く間は、とにかく進まない。面白くないのがまず第一だけど、それだけじゃなく、主人公たちの動きに無駄が多いし、主人公たちが出会う人たちが今になって証言する理由に説得力が無い。


これを映画化するのは大変だろうなぁと思った。実際の未解決事件を元にしているのだ。事件についての独自の視点をしっかりと説得力を持って描かないとただの嘘になってしまう。


テーラーの主人を演じるのは星野源。これはイメージぴったり。記者の方はちょっとダブル主演というより、小説では単独主人公といえる立場なので、小栗旬と見比べるとどうなんだろうかと思う。なぜかと言えば、小説の中での記者の姿が想像しにくい。


爽やかな風貌と書かれていては想像のしようが無い。多分、小栗旬くんはしっかり演じてしまうだろうけど、小説としては主人公なのだから、もう少し明確な像が描ける描写が必要じゃないかと思う。最近の小説のように具体的に細かく描きこんで、文章ばかりが長くなり、想像を膨らませる楽しみが無いってのも困るけど、描写が抽象的過ぎるのもどうかと…


小説の後半、というより3/4辺りまで行って、事件に関わった人々が割り出され、事件の動機やその後の人々の状況まで取材が進んでいく。そうすると少しテンポは出てくる。


最終的に事件に関わった子どもたちの現在が判明し、事件の解決まで描かれていく。未解決事件の1つの可能性として描かれた小説だが、同じ事件に関わりつつ、全く違うその後を送った子どもたちは何が違ったのか。事件のラストまで描くなら、そこまで話を広げないと締まりが悪い。ただ、違う道が描かれていくだけでは。。。


犯人が分かり、動機もその口から語られ、関係者のその後も判明して、それぞれの相関関係も見えてくる。形の上で事件の決着はつけてるんだが、話としてはなんだか、中途半端な印象を抱いたままで終わる。無駄に締まりが悪い、ラストの後にラストを描く、今時の邦画みたいな小説だった。


これを映画化するのはホントに難しいと思う。よほど構成を練らないと。。。と思った。