今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき


新聞の下段の広告に出ていた本。自衛隊とか大好きなので読んでみました。


「邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき」伊藤祐靖 著(新潮社)


以下、感想。





















著者の伊藤祐靖(すけやす)さん、裏表紙の扉(と言う呼び方で良いのかしら)にある著者紹介を読むと凄い人だというのがよく分かる。


読んだ人なら分かるだろうが、本作に登場する海自の特殊部隊の経験豊富な防大卒業じゃない小隊長、藤井こそ、伊藤祐靖さんご自身がモデルだ。


閉鎖された国、北朝鮮北朝鮮に拉致された日本人の救出がメインテーマ。だが、いきなり本題に入るのではなく、藤井たち特殊部隊の隊員が普通の自衛官の中でどんな立場で、どんな扱いなのか、また、命を落とすことも覚悟している現場隊員と現場を知らない制服組との意識の違いを明らかにする前哨戦が、尖閣諸島魚釣島を舞台に展開される。


この辺と本題との繋がりがちょっと緩慢かなぁと感じる。特殊部隊の仕事を紹介する意味もあるのだろうが、もう少し別な方法でも良かったように思った。


特殊部隊が日本のために、どんな任務を背負うのか。政府と制服組と現場の長と、それぞれの口から語られる行動についての法的根拠。知らないことばかり。自衛隊が軍隊なら法的根拠は軍法だが、自衛隊は軍隊ではない。だから、世界的に見ても、凄く微妙な立ち位置にいる自衛隊。こうした自衛隊の置かれた立場も明確に彼らの口から語られる。


特殊部隊としての厳しい訓練を重ね、その技量と覚悟はどこの部隊にも負けないという意識も高い。ところが、長く時間をかけて培ったそれらも命あってのものだ。せめて、戦闘中で命を落としたなら、彼らも救われると考える藤井の思いに触れるとなんだか、申し訳なさを感じる。


阪神大震災を機に、災害救助の場面で自衛隊の出動が増えた。彼らは、厳しい訓練の中で、難しい環境下でも任務を遂行する精神的、肉体的鍛錬を積んでいる。それが、未曾有の大災害の現場で大いに役立っているのだ。


十分に戦闘のできる装備がありながら、彼らはそれを活かす場が無い。平和なことは良いことだが、世界が大きく変わる中で、万が一の有事に備えるのも必須だ。その不安定な立ち位置をふまえた本作の作戦実行。


やたらと強引な官房長官が言い出した屁理屈みたいな法的根拠をたてに自衛官たちは作戦遂行のために出発する。北朝鮮という未知の国からは帰れない覚悟をしての出発だ。


日本人拉致被害者は確かに奪還できたが、特殊部隊は多くの殉職者を出した。それでも、自衛隊は感傷に浸っている暇はない。作戦遂行の現場責任者であった藤井たちは、多くの死傷者を出すような現場で制服組の言う絵に描いた餅のような作戦命令系統を無視した。通常の司令系統を踏襲していたら、全滅だったかもしれない。藤井たちは健闘を讃えられることはあっても、非難される理由はないはずだ。ところが、自分たちの立場こそ大切な制服組の言う何があっても命令系統を守れという発言にはドン引きだ。


自衛隊の現場にいた伊藤祐靖さんが書くからこそ、リアルに感じるのだ。


部分的には他では見ないリアルさがあるのだが、ちょっと飛び越えてしまう部分もある。あくまで小説なので、そのバランスが難しいのかも。


とにかく、なぜ北朝鮮なのか、なぜ完璧な作戦だった邦人奪還が狂ったのか。その舞台裏の謎解き部分は、自衛隊のリアルさの部分とちょっと温度差があるというか、別の物語のような印象を感じる。