今日も徒然、中洲日記

ほどほどに映画が好き。ほどほどに食べることが好き。日々気づいた事を綴ります。

長く高い壁


久しぶりの浅田次郎作品。「新選組3部作」は素晴らしい。だけど、基本的に長めの小説が多くて、次々と読む気にはならない。


本作はそれほど長くなく(浅田次郎的に…汗)、単一本なので手に取った。


「長く高い壁」浅田次郎 著(角川文庫)


以下、感想。。。


















長い壁、高い壁。どちらの要素も持ち合わせている世界一の壁と言えば、万里の長城。遥か上空、人工衛星からでもその姿は見えるそうだ。


第二次大戦下、その長城の麓にある日本軍守備隊で起きた変死事件が小説のテーマ。


戦闘で死ねば戦死だが、長城の鐘楼で一度に亡くなった日本兵には銃槍も外傷も全く無く、その死亡さえ秘匿される怪しい出来事だった。


その事件の詳細を軍司令部へ伝えるべく、北京から派遣されたのは従軍文筆家で探偵小説の有名作家と彼の書く文章を検閲する将校。地元の憲兵隊の軍曹と共に、関係者の聞き込みをするが、北京から遠く離れた現場まで何時間もかけてやってきたわりには、たった1日で探偵小説家の先生の明晰な頭脳で事件の本筋が明らかになる。


軍隊内部の死亡事件であるにもかかわらず、探偵小説家と検閲官の派遣。付き添い係となった軍曹もその人選に頭をひねる。


そこに軍司令部の本意がある。


事件自体は、要所であるその場所を守る千人規模の大きな部隊が他の戦線へ移動し、留め置かれた少数の兵隊のうち1つの部隊(10名)が警備の任務中に全員が毒殺されたというもの。


守備隊の基地には元の千人規模の兵士の日常を賄う食料も敵方が攻めてきた時に対応する武器もふんだんにある。もし仮に敵方が長城の守備隊を攻めて全滅させたのなら、麓の基地にも当然攻め入るだろう。ところが、そちらには何の痕跡もないし、略奪の対象となるはずの食料も武器も全く無事なのだ。


あきらかにおかしな様相を呈している。そこで、小説家先生と検閲将校は関係者に尋問をする。毒殺であれば、日本軍に協力していた唯一の町医者にも話を聞くべきなのだが、なんと彼らが他の兵士など関係者を尋問してるうちに部隊の隊長が独断で町医者が敵方に通じてるとして、殺してしまった。死人に口なし。


実はこれが決定打となって、小説家先生は真実にたどり着く。ところが、戦時下である上に軍の意思は絶対だ。真実は封印される。その封印を知る小説家先生は帰国、検閲将校と案内係の憲兵隊軍曹は転属となった。


事件のきっかけは、1人の兵士の正義感によるものだ。その基地は、あくまで要所を守るための守備が任務で砲弾が飛び交うわけでもなく、歓迎こそされていないが、地元の人々は敵意をむき出しにしているわけでもなかった。そんな戦争が身近に無かった戦線で、勘違いしたろくでなしが間違いを犯した。そこに正義を振りかざした結果、その場所が「戦場」となったのだ。そして、死んだろくでなしの10人は重要な守備隊の任務遂行中に激戦の上「戦死」したことになる。


それが事実として報告された。


感動作でもなんでもない。極限状態に置かれ続けた人間の心理とは、けして良いものを生まないのだと知る。


なかなか後味の悪い小説だ。